大阪地方裁判所 昭和35年(レ)205号 判決 1963年6月04日
控訴人 東亜木材加工株式会社
右代表者代表取締役 田中清
右訴訟代理人弁護士 辻誠
同 山田治男
同 山田律子
右復代理人弁護士 服部明義
被控訴人 住友林業株式会社
右代表者代表取締役 植村実
右訴訟代理人弁護士 山中隆文
同 池田俊
右復代理人弁護士 宇津呂雄章
主文
本件控訴は、これを棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
本件について、当裁判所が昭和三五年八月一六日なした強制執行停止決定は、これを取消す。
この判決は、前項に限り、かりに執行できる。
事実
≪省略≫
理由
一 (債務名義の存在)
控訴人主張の和解調書の存在すること、右調書にその主張のとおりの請求権の表示があることは当事者間に争いがない。
二 (無権代理の主張)
右和解調書における控訴人の代理人が後藤三郎弁護士となつていること、右和解申立の控訴人の委任状(甲第六号証の一、乙第八号証の二、両者は同一の文書)は、当時の控訴人代表取締役梅北末初自身により又はその面前でその承諾の下に、控訴人の記名印及び印章が押捺されたものであることは当事者間に争いがない。
控訴人は、右委任状は、右梅北が裁判上の和解を委任する意思なしに押印したものであると主張する。
原審並びに当審証人保田克己≪中略≫の各供述、成立に争いのない甲第七号証≪中略≫の各号証、その控訴人の記名が控訴人の記名印によるものでありその名下の印影が控訴人の捺印であることは当事者間に争いがなく、このことと弁論の全趣旨により成立の真正が認められる乙第八号証の二、その控訴人名下の印影がその印章によるものであることは当事者間に争いがなく、このことと弁論の全趣旨により成立の真正が認められる乙第七号証の二、原審証人中村学、当審証人保田克己の証言により成立の真正が認められる乙第一〇号証、原審における控訴人代表者本人尋問の結果により成立の真正が認められる甲第二号証によると、次の諸事実が認定される。
控訴人は、原判決認定のごとき経過で設立された会社であつて被控訴人から千数百万円の原木を買入れたが、その代金の支払に窮し、原判決認定のとおり第一回目の支払手形は買入原木を売戻して右手形を買取つてもらいその不渡処分を辛うじて回避した。
続いて一八日後の昭和三二年五月二八日の第二回目の額面五九〇万円の支払手形の満期日を迎えることとなつたが、更に同月三〇日満期の九〇万円の支払手形も被控訴人が所持しており、到底その支払の資力はなかつた。控訴人代表取締役梅北末初から右の事実を知らされた被控訴人は、右三通の手形の外に総額二六三万円の控訴人に対する手形債権を有していた被控訴人は右各債権の回収不能となることをおそれ、原判決認定のとおり控訴人の出資者でかねて運転資金の援助を言明していた東亜火災海上再保険株式会社に控訴人への融資を申入れたが拒絶された。そこで、右梅北末初に対し、原判決物件目録第一物件記載の不動産並に機械設備について木材取引により生じた債務について極度額を一千万円とする根抵当権設定方を申入れ、その承諾を得た。
被控訴人は同年五月末頃右梅北末初に、「右極度額の根抵当権設定並びに右債務不履行の場合には被控訴人は右抵当物件を任意の手続により処分できるし、又、鑑定人の評価額で代物弁済として取得できる一方の予約の完結権をも有する、右の各場合控訴人は右抵当物件を明渡さねばならぬ」等の条項を記載した根抵当権設定商取引契約書(乙第九号証)を交付して捺印を求めた。同人は、前記各手形の不渡回避の為には控訴人の一切を被控訴人会社に委ね担保に提供する外なく債務不履行の場合は処分されても差支えないと考え、右契約書に記名捺印して被控訴人に交付した。そこで被控訴人は原判決認定のとおり、関係者立会の上事実上一〇〇万円を立替え支出して本件工場建物の登記名義を控訴人に移転すると共に右根抵当権設定登記をなし、その後代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記をなし、前記五九〇万円及び九〇万円の手形を買戻したので、控訴人は一応不渡処分を回避することができた。梅北末初は、右契約書作成直後、今後の方策として控訴人の輸出向加工業務を整理廃止して内地向粗材生産に転換し小口債務を大口にまとめ新事業の収益から漸次に返済することを決意し、東亜火災海上再保険株式会社から差し向けられた訴外富樫又治と共に、その実現に努力し、被控訴人に対してはその旨の了解と同年七月一〇日満期の一七三万円と八月九日満期の九三万円の二通の手形の買戻しとを求める一方、在庫品処分等により工場閉鎖資金を調達し六月三〇日迄に工員も整理して本件工場を閉鎖した。しかし、右整理再建資金にも窮するに至り、右富樫は、七月四日に被控訴人にその融資を申込んだところ、被控訴人は、その会長平岩と右梅北が学友であつた情誼上更に五〇万円を限つて融資する代りに、控訴人が前記買戻手形四通及び立替金債務合計九七二万余円を毎月四〇万円ずつ分割弁済すること、右支払を二回怠つたときは期限の利益は消滅すること、その他当事者間に争いのない本件和解調書の内容等を定めた条項により裁判上の和解手続をとることとし、同月一二日富樫と共に被控訴人東京支店に来た梅北末初にその旨を告げて大阪弁護士会選定の印刷された訴訟用委任状用紙に具体的な和解条項を詳細にタイプ印刷した六枚の別紙を綴じ合せたもの(乙第八号証の二)を交付して署名捺印を求めた。梅北末初は承諾の上これを持ち帰つたが、右別紙の間に契印をした上右委任状に受任者、委任日附等の欄は空白にしたままで記名捺印をして被控訴人に交付し、被控訴人はこれをその顧問弁護士の山中隆文及び池田俊に交付し、同弁護士はこれを用いて後藤弁護士を控訴人の代理人に選任して、右委任状添付の和解条項と完全に同一内容の本件和解調書が作成された。
右のとおり認定することができ、これを覆えすに足る証拠はない。原審並びに当審証人梅北末初の、代物弁済予約をなした事実はない旨の供述は、右認定のとおり本件和解条項を添付した委任状を同人が持ち帰つて捺印した事実からするとたやすく措信できず、又、和解の言葉を聞いた様に思うが意味を誤解していた旨の供述は、仮りにそのとおりであつても本件和解の無効を招来するものではない。
右認定の事実によると控訴人代表取締役梅北末初は右委任状により右添付別紙の内容の本件和解につき、控訴人の訴訟代理人を選任することを被控訴人に委任し、右委任に基づいて後藤弁護士が選任せられ、本件和解調書が作成せられたものというべく控訴人の無権代理の主張は理由がない。
三 (弁護士法違反、利益相反行為の主張)
前記乙第八号証の一ないし三、原審並びに当審証人保田克己、同井上孝、同後藤三郎の証言によると、被控訴人の顧問弁護士の山中隆文及び池田俊弁護士は、被控訴人から依頼を受けて、控訴人とはなんら接渉することなしに前記認定の代理委任状に控訴人の署名捺印を得るよう被控訴人に指示し、前段認定の経過でその署名捺印を受けた右委任状を被控訴人から受けとり、これを用いて面識のある後藤三郎弁護士に控訴人の代理を委任し本件和解が成立した事実が認められ他に右認定に反する証拠はない。
そうすると、右の経過でなされた後藤弁護士の選任並びに和解は、弁護士の果たすべき社会的正義の実現及び依頼者の信頼確保と言う職責を危くしその品位を害して社会一般の弁護士制度に対する信頼を害するものと言うことはできず、また、既に当事者間に弁護士の介在なしに成立した和解条項に基づく裁判上の和解並びにそのための代理人選任行為にすぎないから当事者の利益を害するものと言うこともできない。したがつて弁護士法二五条に実質的に違反せず、無効となるものではない。また、右の所為は、それ自体では新たに利益の変動を生じるものではないから、民法一〇八条に反し無効となるものではない。
したがつて、控訴人のこの点の主張は理由がない。
四 (商法二四五条違反の主張)
控訴人会社が製材及び加工、内外木材及び単合板販売並びに輸出入を業とし、本件工場で製材加工を行つていた事実は当事者間に争いがない。
そして原審並びに当審証人木村末治、≪中略≫によると、本件和解で代物弁済に供された物件は控訴人会社の唯一の事業設備である本件工場建物及び機械設備と借地権水面占有使用権等で、これを失うときは従来の製材加工を行い得ず企業規模は大巾な変更を余儀なくされ会社の運命に大きな影響を与える事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。しかし右物件の譲渡をもつて営業譲渡と解すべきでないことは、右甲第二号証によると控訴人会社の債権債務在庫製品が右物件に含められていない事実が認められるところからしても明白である。又、右譲渡が株主総会の特別決議を経なければ無効となるとは到底解することができない(最高裁判所第二小法廷昭和三六年一〇月一三日判決最高裁民事例集一五巻九号二四〇九頁参照)。
そうすると、この点に関する控訴人の主張も理由がない。
五 (信義則違反の主張)
控訴人は、本件和解は本件物件を被控訴人が取得し又は他人に取得させる目的でなされたものであると主張するが、右主張を認めるに足る証拠は本件審理にはなんら表われない。かえつて、成立に争いのない甲第七号証によると、被控訴人が本件工場建物の登記名義を取得したのは、第三者がこれを占有するおそれが生じた為であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そうすると他に右の主張を前提とする控訴人のこの点の主張も理由がない。
六 以上見て来たとおり、控訴人の本訴請求は失当として棄却されるべきであり、これと同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないから、訴訟費用の負担につき民訴九五条八九条強制執行停止決定の取消及び仮執行宣言につき同五四八条五六〇条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 平田浩 野田殷稔)